25万円、一般人の感覚とオタクの感覚
最近テレビで「年間のオタ活費用が25万円」というのが話題にされたとのことで
SNSでちょっとした物議をかもしていた。
というのも「なぜこれがとりわけ話題にされるのか」オタクたちにはピンと来なかったからだろう。もちろん私もそのひとりだ。
正直軽く超えているので全くズレた話題だなと思った。
概ねSNS上では「安すぎる」「何が問題か意味わからん」「俺は月額25万だ」というような論調だった。
私はその番組を見ていないのでその番組に対して深く語ることはできないが、
常々思うのは「一般」(オタクから見た「一般人」のことであって非オタクの人たちのすべて)と
「オタク」(オタクが同類と認めるオタクのこと。
最近言われているファッションで推し活をしている気分になっているフェイクオタクではない)との間には
永遠に埋まらない価値観の溝があって、オタクが推しについて彼らに本気で語ることはないし、
語ったとしてもまず真の理解は得られないのです。
そして「一般」から理解されないからこその「オタク」であって、
普通の人々に広く受け入れられる文化は「オタク」文化とは呼びません。
オタクはむしろ一般の方々とは違う世界を生きています。
同じ国にいない、共通言語を持っていないのですから分かり合えなくて当たり前だと思っています。
「オタク」(オタクが同類と認めるオタクのこと。
最近言われているファッションで推し活をしている気分になっているフェイクオタクではない)との間には
永遠に埋まらない価値観の溝があって、
オタクが推しについて彼らに本気で語ることはないし、語ったとしてもまず真の理解は得られないのです。
そして「一般」から理解されないからこその「オタク」であって、
普通の人々に広く受け入れられる文化は「オタク」文化とは呼びません。
オタクはむしろ一般の方々とは違う世界を生きています。
同じ国にいない、共通言語を持っていないのですから分かり合えなくて当たり前だと思っています。
との間には永遠に埋まらない価値観の溝があって、オタクが推しについて彼らに本気で語ることはないし、
語ったとしてもまず真の理解は得られないのです。
そして「一般」から理解されないからこその「オタク」であって、
普通の人々に広く受け入れられる文化は「オタク」文化とは呼びません。
オタクはむしろ一般の方々とは違う世界を生きています。
同じ国にいない、共通言語を持っていないのですから分かり合えなくて当たり前だと思っています。
そして、一般から理解されないこと、眉をひそめられることがオタクの証。
私を含めてオタクたちは「それでいい」と思っているのです。森とたたらばなのです。



